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    「土塔」・・・ピラミッド

    • 2008.11.24 Monday
    • 05:00
    この街にはピラミッドがある。

    土塔-1

    一辺約60m高さ9mのなだらかな四角錐台の山だ。
    「土塔(どとう)」と呼ばれており、このあたり一帯の地名にもなっている。

    土塔-2

    造られたのは奈良時代、現在は堺市の公園内に属しているが、もとは大野寺の境内に仏塔として造られたものであるらしい。

    土塔-3

    最近の発掘調査で13層の階段状をなし、一面に瓦が敷き詰められていたことが確認できた。
    現在は、造られた頃の状態に復元して史跡公園とするべく、工事が進行中だ。

    土塔-4

    部分的に、瓦が敷き詰められた状態が復元されており、造られた当時はこんな風だったらしい。

    土塔-5

    工事現場より「かん太」がお送りいたします。堺市では、ピラミッドの4面の内、2面を建設当時の状態に復元し、残りの2面を発見時のままで保存して、史跡公園とする計画のようであります。


    さて、これと同様のピラミッド状の史跡が奈良市内にもある。
    「頭塔(ずとう)」と呼ばれている。

    頭塔-1

    こちらも同じく奈良時代に仏塔として建造された。
    「ドトウ」という言葉が「ズトウ」と訛り、平安時代には「頭を埋めた首塚」との言い伝えができあがり、「頭塔」という漢字が当てられたらしい。

    頭塔-2

    七段築製で、奇数各段に石仏が配置されている。

    頭塔-3

    建設当時の様子はこんな風であったと考えられている。

    頭塔-4

    これらの仏塔、宗教施設というより、まるでテーマパークのノリだ。


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      コメント
      奈良の仏塔は入り口みたいなところに(窓?)屋根がついてるんですか?
      不思議な塔ですね。
      歴史はよう解らんおばちゃんですが こんなん見るのは楽しいです。
      • さっちゃん
      • 2008/11/24 2:16 PM
      <さっちゃん>
      お尋ねにお答えする為に、本文に画像を2枚ほど追加しておきました。

      屋根のついているところは、残念ながら、窓でも入口でもありません。この部分は、龕(がん)になってまして、レリーフの石仏が収まっています。各面に11基、4面合計で44基あり、その内28基までが、発掘調査で確認されています。奈良時代の石仏は作例が少なく大変貴重で、重要文化財に指定されているものもあるようです。
      個々の石仏が貴重であることは勿論ですが、その配置がおもしろい。盧舎那仏を他の仏より上位と考えた、立体曼陀羅的レイアウトを形成しています。

      この屋根は、当初のものではなく、後世になって、石仏保護の目的でしつらえられたもののようです。発掘調査により、瓦屋根はもっと全体を覆うようなイメージで、復元図のようなものであったと考えられています。

      中に入る事ができたら、エジプトのピラミッドみたいで楽しいんですけどねえ。残念ながら、そういう構造ではないようです。
      • かん太里親
      • 2008/11/24 6:52 PM
      ありがとうございます。
      • さっちゃん
      • 2008/11/24 8:05 PM
      <さっちゃん>
      いえいえ、どういたしまして。
      • かん太里親
      • 2008/11/25 10:20 PM
      堺の史跡はほとんど知りませんでした。
      こんなんあったんですね。
      ストゥーパですねえ。
      車で通りながらこの地名見てて「どとう」やったんですね。
      勉強になります。
      勝手に「土師ノ里」の「土師」って勘違いしてました。
      • アテモレ
      • 2008/11/29 1:05 PM
      <アテモレさん>
      ストゥーバ(卒塔婆)ですねえ。
      これが、三重の塔や五重の塔や多宝塔に変化していく、
      という理解でよろしいんですよねえ??

      子供のころ、「土塔」は「どとう」とは発音されず、「どおと」よばれていたように思います。「ど」を「どお」と伸ばすのは、関西弁特有の「伸ばす音便」ですよねえ。「老いては子(こお)に従え」とか「古いワイシャツが黄(きい)ばむ」の類ですねえ。さらになぜか、「塔(とう)」の「う」が、どこかへ行ってしまって、「どとう」が「どおと」。ものすごい訛り方ですねえ。
      別にどとういうことない、いや、どおということない話ですけど・・。
      • かん太里親
      • 2008/11/29 9:48 PM
      敷き詰められていた瓦は、ちょっと御免やすと近郷在住の連中が失敬してしまったのでしょうか?瓦は高価なもので江戸中期以降しか普通の民家では葺かなかったと聞いています。読み方は僕も「どうと」と聞いていた記憶があります。ただバスの車掌の案内などは「どとう」だったと思いますね。
      • nikkimochi
      • 2009/05/08 9:43 PM
      <nikkimochi様>
      「瓦は、ちょっと御免やすと」なるほど、そんなこともあったんですかあ。興味深いお話ですねえ。
      年寄り連中の発音は、明白に「どうと」やったですねえ。バスの車掌の発音は聞いたことありませんが・・・、訛ってはいなかった訳ですね。(笑)。
      • かん太里親
      • 2009/05/08 11:31 PM
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